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増田誓志 :

遠藤保仁の後継者を目指す増田誓志。

増田誓志(ますだ ちかし)が、サッカー日本代表に初選出された。
ワールドカップ3次予選アウェイ、ウズベキスタン戦に向けタシケントへ飛び立つ代表選手たち、その中に背広姿の増田誓志があった。

アジアカップで優勝、結成以来無敗を誇るザックジャパン。チームの心臓部は、ボランチの遠藤保仁だが、32歳とピークが過ぎてもおかしくない年齢。遠藤の後継者に目安をつけなければ、日本代表を盤石にすることはできません。

しかも、攻撃の中心である本田圭佑が右半月板の損傷で長期離脱を余儀なくされており、トップ下の選手の適性を見極めることもザックジャパンの急務となった。9月2日の埼玉スタジアムのホーム北朝鮮戦では、柏木陽介を先発させたものの、十分に機能したとはいえませんでした。後半途中には清武弘嗣と交替させると同時に、ザッケローニ監督がサイドの選手と捉えている香川真司をトップ下に移しました。

北朝鮮戦は後半アディショナルタイムにショートコーナーからの清武のクロスを吉田麻也が決め、1-0、辛くも勝ち点3を獲得しました。ボールポゼッション率63%を越え、相手を圧倒していただけに得点に至る過程が課題となりました。あらためて本田圭佑の偉大さを証明しました。相手からボールを奪い取ったり、難しいフィードを収め、すぐさま反撃に転じ、パスも出せ、自らも決めるられる本田圭佑は、日本代表にあって、3人分の役割をこなしていたとも言えるでしょう。

ザッケローニ監督は北朝鮮選では、召集枠を1つ空けていました。不慮の事態に対応するとともに、試合でのパフォーマンスを評価した上で、追加召集しようとの意図であったことは明白です。

そして、ウズベキスタンとの敵地での戦いにあたって、必要とされた選手が増田誓志でした。

増田誓志は、1985年6月19日生まれで、現在26歳。サッカー選手としては一番充実しているはずの年齢です。

鵬翔高等学校時代はパサーとして司令塔的役割を担っていましたが、2004年の鹿島アントラーズ入団後は、プレーの幅を広げました。豊富な運動量でパスの受け手となるとともに、ゴール前へ飛び出すプレーをするようになります。しかし、人材豊富な鹿島でレギュラーになることは難しく、2010年にはモンテディオ山形へ期限付移籍しました。山形では、前線へラストパスを供給するプレーでレギュラーを獲得、2011年鹿島に復帰します。

鹿島アントラーズの中盤は、小笠原満男、中田浩二、本山雅志、本田拓也ら元日本代表、代表クラスを豊富に抱える激戦区。その他にも野澤拓也、遠藤康、青木剛、柴崎岳ら有力選手がいて、出場争いは非常に激しい。その中で今シーズンはレギュラーを獲得しました。ボランチとして、豊富な運動量、球際の強さ、バランスで守備に貢献するとともに、視野の広さ、精度の高いパスを駆使して攻撃を組み立て、またゴール前に飛び出していくなど幅広く活躍してます。

今年の8月初めの代表候補合宿にも参加しました。この合宿に参加したメンバーから、清武弘嗣、原口元気、田中順也、ハーフナー・マイクが次々と代表入り、一定の存在感を示しています。そして、ついに増田誓志です。

アウェイのウズベキスタン戦での増田誓志の位置づけは、遠藤保仁のバックアップと見られています。出場はないかもしれませんが、代表の中で練習することは貴重な体験となるでしょう。そして、代表に何らかの不測事態が生じたときは、必ず力となってくれると思います。そして、鹿島でレギュラーを勝ち取ったように、日本代表にも定着することを願います。

by  netarrows    at 2011-09-05 10:44 +09:00

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